2003-08-29
Link 受け身の制約
庵功雄『「象は鼻が長い」入門――日本語学の父 三上章』(2003年、くろしお出版)が生協の棚に並んでいたので、1冊買う。庵先生は留学生センターの先生だ。
留学生センターでは、日本で大学教育を受けるために必要な日本語能力を養うための教育を行なう。受講生も北東アジア・東南アジアからヨーロッパに及び、各受講生の母語もまちまちだ。そういう人たちが納得できるような日本語の文法体系を整えることは切実な要求としてあり、そこで用いられる文法体系は三上文法に近いものになっている。
ところが、学校教育レベルの国文法にのみしか接していない人にとって、三上文法は見聞きしたことのないものだろう。三上は東京帝大建築科を出たあと旧制中学、新制高校の数学教師をしていたから、文法の素人とみなされ国語学会内部ではあまり好意的には受け入れられなかった。
私がおもしろいと思ったのは庵先生の見解が述べられているp.100からの数ページで、日本語の受け身表現にかかる主格制約についての例文である。
(25)a.田中さんは誰かに頭を殴られた。 b.田中さんの頭が誰かに殴られた。 (26)a.田中さんは泥棒に財布を盗まれた。 b.田中さんの財布が泥棒に盗まれた。 (27)a.田中さんは弟を通り魔に殺された。 b.田中さんの弟が通り魔に殺された。
(25)〜(27)の例文で、a群はすべて適格文であることは納得されよう。しかしb群については、少なくとも(25b)を許容するようであれば日本語ネイティブであることを疑われるし、おそらく(26b)もおかしいと感じるだろう。(27b)なら許容できると思う。ちなみに中国語では(25a)のような表現もまったく問題ないそうだ。
英語だと事情は変わってくるのかしら。人を主語に立てるなら、「He was struck on the head.」のようにして頭は前置詞で表わす。「His head was struck.」は妙かと思ったのだが、Googleでフレーズ検索してみると300件以上出てくるから、中国語と同じようにどちらも使えるのだろう。
例26は微妙で、「財布」を「車」に変えたらどうだろうか。こうなると、bでも許容できそうな気がする。要は身体との接触度によって許容度が変わってくるのだろうか。また、他の用法の「の」と混同して新たな制約を加えると(たとえば「レンブラントの絵」としてみる)どうだろうか。
もうひとつ連想したのは「三匹の子豚がいる」例で、これは本来の日本語なら「子豚が三匹いる」とするところだ。しかし今となっては、前者でも違和感をもたない人が多いのではなかろうか。つまり、翻訳調の文章においては(25b)も許容される可能性がある。特に、利害関係を伴わない受け身を使う場合にはそれが言える。以下の例はどうだろう。
a.田中さんは肝臓を移植された。 b.田中さんの肝臓が移植された。