2003-12-29
Link 車中19時間(さとがえる2003冬その1)
今回の帰省も夜行高速バスにした。新宿−枚方の路線はKBバス(関東バス子会社)と京阪バスとの共同運行で、私が乗った宇治号は京阪バスの車両だった。学割往復で13,000円なのが魅力的だ。
冬の夜行バスで持って行ったほうがいいものとして、マスクがある。バスの車内は暖房が効きすぎるくらいで、そのため室内の湿度が下がっている。ノドを痛めないためにマスクがほしい。もうひとつ、遅れが発生したときのために朝食分の食料と飲み物も用意しておきたい。
当日、日本海から寒気が流入して中部地方で雪が降るという天気予報を人から聞いた。関ヶ原あたりで積雪のため徐行運転を余儀なくされることは珍しくないから、「目が覚めたら関ヶ原くらいで、到着まで数時間遅れるかもしれないですね」などと軽く答えていた。ところが現実は関ヶ原どころではなかったのである。
夜中2時過ぎだろうか、軽い眠りから覚めたときに前方で車掌と運転手とが会話しているのが耳に入った。雪と車両火災のために高速道路が通行止めになっているという。再び眠りに落ちる。やがて空が明るくなって目が覚めたとき、バスはまだ岡崎に入っていなかった。カーテンの隙間から外を見ると、雪が降っている。この日、名古屋で初雪を記録したという。
高速道路を通行止めになったとき、そこからどのようにして大阪まで行くかは現場の判断にゆだねられているのだろうか。ともかく京阪バスでは国道22号線に降りることを決断した。京阪バスの運転手は愛知県あたりの一般道の地理に明るくないようで、Uターンしたりウロウロしている。本部と連絡を取り合っていたけれど、共同運行しているKBバスの車両(京都号)とは直接連絡していなかった。車掌は本部あての電話で京都号の現在地と選択した道路とを数回尋ねていた。
運転手と車掌が小声で話し合っていたとおり、国道22号線の選択は裏目に出たようである。渋滞してなかなか進まない。午前9時になっても名古屋市内に到着できない。やがて1人の女性が車掌に申し出て、バスを去っていった。鉄道で帰るのだろう。それからまたしばらくして男性1人もバスを降りた。24人がバスに残っている。
10時すぎ、現況説明のあとで乾パンが配られた。私はパンもお茶も用意していたけれど、この手の準備をしていなかった人たちは空腹だっただろう。しかしお茶は出なかったので、乾パンだけではノドが渇いたことと思われる。私は記憶以来はじめて乾パンを食べた。味はそれほど悪くない。名前からパンを想像したのだが、ビスケットのようだった。
昼になって高速道路への復帰が試みられた。まずは小牧から乗ることを検討したようだったが、着いた小牧は入り口が閉鎖されていた。(着く前に電話で確かめればいいのに……。)そこで進路変更して一宮に向かう。やっとのことで高速に乗ったとき、時計の針は午後2時15分を指していた。(参考地図:マピオン。)
2時45分、岐阜県の養老サービスエリアで初の15分休憩がとられた。さっそく店でおにぎりを買う。空腹のためかおにぎりはおいしかった。非常事態におにぎりが食べられるなんて、日本食はよくできている。その後、公衆電話で実家に連絡を入れる。到着は5時頃になるだろうと私の見込みを伝えた。これは、朝9時に名古屋というときに概算して求めた値だった。
しかしこの見込みは甘かった。実際に枚方市駅に到着したのは午後6時50分。私は23時30分に渋谷から乗ったので、15分休憩を除いて19時間05分の乗車となる。到着予定時刻は午前7時なので11時間50分遅れだ。途中の樟葉駅でいったん社員の方がバス車内を訪れ、謝罪とともにテレホンカードセットを配布していた。
この手のことでは腹が立たない質なので、今回の乗車は貴重な経験としてわりと楽しかった。ちなみに、帰りのバスでは何事もなく朝6時10分に新宿に到着した。