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十日日記


2004-11-22

Link 英文タイポグラフィの基本的な書籍

Sさんから聞いてはじめて知ったことに、英米で標準的に使用される引用符(“”の半角のもの)が一太郎ではうまく扱えないのだという。Microsoft Wordだと入力オートフォーマット機能によって引用符を適切なかたちに(non-orientedからorientedに)変更してくれるのだが、一太郎はその機能を備えていない。検索・置換で変えようにも、その部分は半角カナの領域のため日本語フォントになってしまうのだそうだ。まさかと思って一太郎2004で試してみたら本当だった。これでは欧文は組めない。

つい最近Robert Bringhurstの『The Elements of Typographic Style』に第3版(Version 3.0)が出たので購入した。同書のめざすところはThe Elements of Styleのタイポグラフィ版で、タイポグラフィに関わる原則をコンパクトにまとめようとしたものだ。もっとも、382ページがコンパクトかどうかは意見の分かれるところだろう。

章立てを紹介しておくと、次のようになっている。章の名前が詩的で内容が把握しにくい箇所は括弧内に補足説明をしておいた。

  1. 基本設計(前講釈)
  2. リズムとプロポーション(アキのとりかた)
  3. 調和と対位の方法(書体の寸法・修飾)
  4. 構造と意匠(章・段落起こし、脚注、表などの構成要素)
  5. 約物
  6. 書体選びと組み合わせ
  7. 歴史の幕間(書体と活版の歴史)
  8. ページ成形(判型と版面の設計)
  9. 技術の趨勢(電子活字や組版ソフト)
  10. 書体の調整
  11. 活字の森へ(活字見本帳の見かたと書体紹介)

同書の特色は、筆者の性質かカナダ多文化主義の表われか、米英や西欧以外の文化に対しても配慮を払っている点だ。グーテンベルクとともに畢昇の名前がある(しかも漢字で)のには驚いたし、ギリシャ語書体についてのまとまった解説は役に立った。同じラテン文字を使っているということでベトナム語まで遡上に載せているのは珍しい。

第8章はおもしろい。用紙の縦横比を音階に見立てて表現しているのは初めて見た。たとえば1:sqrt(2)ならaug.4thという具合である。洋書はほんとうにさまざまな判型があって書棚の整理がつかなくて困るのだが、判型の自由度の高い地域ならではの章だ。

思うところがあるのは第5章の原則5.2.2「ダッシュを使って数字の範囲を示すときには、2分ダッシュか3分ダッシュを空けずに使う」(p.80)というもの。組版例を見て思うに、この原則が生きるのはnon-liningな数字のときだ。

non-liningな数字

300dpiのスキャン結果ではわかりにくいかもしれないが、上の絶妙なアキは素敵だ。(EUのルールには2分ダッシュはないそうで、この場合もハイフンで組まれる。)日本語の文脈で使うときにnon-liningにはしづらいが、前にも書いたようにliningな数字の多くは字間が詰まっているため、このまま空けずに組むと窮屈になるだろう。この場合は広げる方向でのkernが必要ではないか。

本書の本文書体はAdobe Minion(1991)である。MinionはOpenType時代の標準セリフ書体とでもいうべき地位を占めている。作者はAdobe Garamond(1989)と同じくRobert Slimbachで、Times Romanよりは読みやすいし文字種も多い。(Minionのギリシャ文字は美しい。)Optical版もある。私の好みから若干はずれるところもあるが、多くの場面で使用されてほしいと思う。

残念なのは、かすれたページがあるなど印字品質があまり高くない点だ。出たばかりなのに――と奥付を見たら、なんと中国で印刷したとある。メキシコで印刷するよりもさらに低コストなのだろうか。

さて、本書の最大の謎に触れていなかった。それは冒頭の引用文である。困難だが日本語訳しよう。

――書いたものはすべて過ぎ去ったものだと言える。動物が残した足跡みたいなものだ。それゆえ、瞑想の達人は文字を究極のものとしない。足跡や文字や合図を用いて真理に到達するのが目的なのだが、真理そのものは合図ではないから足跡など残さぬ。言葉でわかるものではないのだ。前に進むには、前に戻って言葉の源を追えばよい。もっとも、合図や理屈や世間の評価に目が行くあいだは悟りは開けまい。
――ですが、合図や評価を諦観すれば、まったくの無になってしまうのではないですか。
――そうだ。

なんだか禅のような話だ。真理が月で言葉が指で、月を指させば月の方向はわかるが指は真理ではない、という比喩をむかし読んだ記憶がある。だが、引用元には「Kimura Kyuho, Kenjutsu Fushigi Hen. 1768」とある。この「木村きゅうほう」なる人物にはまったく心覚えがない。

おもしろいことに、日本語のGoogle検索では「剣術不思議篇(?)」も木村氏もまったく出てこないのだが、世界各国で数件のヒットがある。英語だけでなくポルトガル語やドイツ語やオランダ語になっているところを見ると、シーボルトが持ち帰ったのだろうか。この件についてご存じの方があれば、教えていただければ嬉しい。

追記。2人の方から、木村久甫「剣術不識篇」であることを教えていただいた。「Kyuho」を「きゅうほう」と読むあたり、「Ryokan」と同じ失敗を繰り返しているのが情けない。

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Link イブキ (2013-01-02 19:24)

私もThe Elements of Typographic Style 2nd ed. の本の中で、KIMURA KYŪHO, Kenjutsu Fushigi Hen 1768 で同じ質問があり、このブログにたどり着きました。メモとして、非公開の私のブログに引用させていただきました。ありがとうございます。

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