2005-11-29
Link 定量的な話
大手製造業者のシャンプーや石鹸が「合成洗剤」であり使用は危険だとして、純石鹸を推奨するページというのは、検索してみると意外と見つかる。そうしたページを眺めると、ネズミに原液をかけたまま放置して脱毛させた写真や、民間医療でよく見かけるような煽り文句が出てくる。およそ科学的とは言いがたく、大手製造業者がテレビで放映している広告と同レベルでしかない。というより純石鹸の広告と見なすべきなのだろう。
必要なのは定量的に語ることだ。エデト酸塩が危険だとして、どの濃度ならどれだけ危険なのか。洗い流したときにどれだけ残留するのか。そうしたデータがないと、判断のしようがない。ちなみに、エデト酸塩はソフトコンタクトレンズの洗浄保存液にも使用されている。ソフトレンズは水ですすがないから、保存液は皮膚どころか粘膜に触れるわけで、しかもずっと残留することになる。ところが保存液について声高に危険性を訴えたページは見たことがない。売るべき代替品が存在しないからだろう。
定量的な話題と書いていつも思い出すのが、オーディオの科学である。この中の「科学的とはどういうことか?」は啓蒙的なよい文だと思う。このサイトから例を引くと、「ケーブルの銅線は純度が高いほど電気抵抗が小さく、信号がよく伝わる」というのは正しい命題である。これだけを見れば、純度の高い(もちろん値段も高い)ケーブルを買ったほうがよさそうに思えてくる。しかし定量的に見れば、4N品(99.99%)から6N品(99.9999%)に変えたところで、室温が1℃上がればその効果は帳消しになってしまうという(「ケーブル線材についての3つの迷信」)。
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