トップ 最新 追記

十日日記


2008-01-01

Link QTTabBarにExplorerの未来を見た

Internet Explorerは、IE7Proを使用することで機能を大幅に拡張できる。では、Explorerはどうか。こちらにはQTTabBarがある。使いはじめて1週間が経つが、これはExplorerの未来を示していると思う。

詳細画面このソフトを額面どおりに受け取って、Explorerにタブ機能を実装するものだと考えるのは間違いだ。たしかにタブ機能自身は便利なのだが、それ以上に感銘を受けるのはディテールである。タブの追加がドラッグ&ドロップで行なえるのは言うまでもなく、タブ以外の部分でも実装がすばらしいのだ。

たとえば右の画面でフォルダアイコンが見えているが、これをマウスでプレスすると中のファイルにアクセスできる。これはタブのアイコンだけでなく、ウィンドウ内のフォルダでも同様だ。

他に機能を書き出すと、

  • 検索欄で、名前によるファイルの絞り込みが行なえる。
  • 画像やテキストファイルは、マウスオーバーするとサムネイルが表示される。
  • 名前変更時には、拡張子以外の部分が自動的に選択される。
  • Ctrl+ホイールで表示モード(詳細やアイコンなど)が変更できる。
  • 詳細表示時には、iTunesのように1行おきに背景色が変更できる。

名前の変更などなど。上に挙げた機能それぞれを単独で備えているソフトウェアは存在するが、QTTabBarはうまく1本のパッケージにまとめている。ダウンロードして2時間で、すでに私はPayPalから寄付を行なっていた。むかしMacでNow UtilitiesなどFinderを強化するソフトウェアがあったが、あれに匹敵するインパクトだと思う。

Tags: PC

2008-01-02

Link 出がらしも悪くない

日本人の英文法 日本在住の英米人が日本人向けに書いた英語関係の本としては、マーク・ピーターセン『日本人の英語』(岩波新書、1988年)が最も著名だろう。T.D.ミントン『ここがおかしい日本人の英文法』(研究社出版、1999年)はn番煎じの本で、ブックオフで買ったときには何の期待もしていなかったのだが、いま読み終えてみると意外と悪くない。

同書(以下M)がピーターセン(以下P)と異なるのは、次の点だろうか。

  • 科学雑誌の連載を編集したPにくらべ、Mではある表現の受け手の感じ方に重心を置いている。
  • 時制と助動詞で紙幅のかなりを占め、残りは文法というより語法と呼んだほうが適切。
  • 英国人らしい表現があったりする。

最後の例を挙げれば

発音がひどかったり、動詞の時制が間違っていたりすれば即座に誤解が生じますが、冠詞の間違いの場合はふつうそうではなく、みなさんの話す英語が、聞いたときにただ不自然で不快なものになるだけです(p.30)。

のような言いまわしとか、

英語を母語とする私にとって興味深いのは、たいていの日本人が他人に何かを頼むときに反射的に使いたがる英語表現は、いろいろな「依頼表現」の選択肢の中でいちばん丁寧度の低い表現(Will you ... ?)であるのに対して、許可を求めるときにすぐ使う英語は、(単純な表現の中では)いちばん丁寧度の高い表現(May I ...?)になっているということです!(p.90)

とか。ちなみに「Will you ... ?」に関しては、著者は「命令に近い」と述べている。Will you tell me how to get to the station?の訳として、「駅への行き方を教えてくれ」と書いている。

代表的な未来表現としては、will/be going to/進行形がある。これらは気ままに取り違えるべき表現ではないし、それぞれが意味する内容も類書で触れられている。とはいえせっかくなので、同書による区別を表形式でまとめてみた。

 ┌──┬────────┬────────┬─────────┐
 │    │      will      │ be going to    │      進行形      │
 ├──┼────────┼────────┼─────────┤
 │未来│瞬間に思いついた│すでに決めていた│段取りができていた│
 ├──┼────────┼────────┼─────────┤
 │推測│自己の確信      │明白な状況      │                  │
 └──┴────────┴────────┴─────────┘

勉強になったのは、現在完了と現在完了進行形の使い分けについてだ。

現在完了形が伝えたいことは、「表現された行為」そのものではなくて、……「その行為がもたらす結果」です。……一方、現在完了進行形が伝えたいことは、その行為それ自体です(p.60)。

たとえば

I've been eating the chocolates you gave me.

という返答が成り立つための会話例としては、「口にチョコレートが付いてるよ!」といった類のもの。たしかに過去進行形では過去の一点の状態を表現することになってしまうので、あるていど幅のある過去の状態表現として現在完了進行形は使えるわけだ。

過去完了形でも、目を引く例があった。

A: Have you heard that Takahashi has quit the company?
B: No, I hadn't.

Bの返答は、必ず過去完了にする必要がある。というのは、Aの発言を聞いた時点で高橋の退職をBは知ってしまったからだという(p.73)。

個人的に嬉しかったのは、

We might as well watch TV.(p.107)

を見たときに私の中では「テレビでも見るか」という訳が頭をよぎったのだが、まさにその訳が「今まで耳にした中でいちばん近いと思った日本語」だと述べられていたことだ。

Tags: 言語

2008-01-03

Link Vine Linux 3.2→4.2

休業期間を利用して、職場のVine Linuxを3.2から4.2に更新した。メジャーバージョンアップにしては珍しく、特にハマることもなく作業終了。注意を要したのは(a)PostgreSQL、(b)Apache、(c)ClamAVの3件くらいで、順調にいきすぎて拍子抜けする。

(a)PosgreSQLは7.4から8.1.5への更新なので、データベースのファイル形式を変更する必要がある。

# pg_dumpall > pg_YYDDMM.out
# /etc/init.d/postgresql stop
# mv /var/lib/pgsql/data /var/lib/pgsql/data.old
# /etc/init.d/postgresql start
... DB 初期化 ...
# su postgres
# createuser USERNAME
新しいロールをスーパーユーザとしますか? (y/n) y
# exit
# psql -d postgres -f pg_YYDDMM.out

みたいに作業する。

(b)Apacheは、1.3.7から2.2.3への更新となる。Vine Linux 4.xではApahce2がデフォルトだが、アップグレードした関係からかApacheも同時に入ったままである。

# /etc/rc.d/init.d/httpd status

すると「サブシステムがロックしています」というメッセージを得たので、Apache2の存在に気がついた。どちらを残すか一瞬迷うが、なるべくデフォルトを使おうということで、Apacheを消してApache2だけを使うことにする。これに伴って/etc/apache2/conf/httpd.confを修正。

# apt-get install php5-apache2

も行なう。

(c)ClamAVは0.88から0.91への更新になる。起動メッセージでエラーが出ていたので調べてみたら、0.90から設定ファイルの書式が変更されたらしい。/etc/clamd.conf.rpmnewを変名して中身を修正し、リスタートする。

細かい作業は残っているが、後日にまわそう。

追記2008-01-04。Postfixを忘れていた! 2.0.20から2.2.10への変更。幸いなことに、今回は最初からSMTP-AUTHに対応してmakeされているのだが、master.cfが書き換わる点に注意。(それまで使っていたものは、master.cf.rpmsaveとして残される。)

Tags: Linux

2008-01-06

Link ハードウェア障害

Vine Linux 4.2に更新したサーバーは、いにしえの名機Asus Terminator P3である。CPUにはPentium IIIを850MHzにクロックダウンして使用している。電源が弱く、定格3.3Vが2.9Vしか来ていないので、あまり無理はさせられない。電力不足なのか、CRTに出力するとバリバリ音がするだけで画面に何も映らない。液晶ディスプレイなら映る――という状態だ。念のため、予備機としてTerminator TUが控えている。

バックアップは毎日、FireWire接続した外付けHDDにとっている。rsyncを使って、毎夜ルートディレクトリごと控えをとる。もう一カ所、LinkStationにもrsyncを入れて控えをとっているが、こちらはデータ用ディレクトリだけだ。

そのFireWire接続のHDD(/dev/sda)のこと。手動でrsyncをかけてみたところ、失敗する。fdiskで見てみると、320GBのディスクなのにパーティションが100GBほどしか確保されておらず、それにもかかわらずデータは140GB含まれていることになっているではないか。要するに、パーティションテーブルが明らかにおかしい。手動操作によるfsckでも功を奏さず、パーティションを再作成した。

まずは共有データから移そうとして単純にcp -aでコピーを試みるが、途中でフリーズする。rsyncで試してみると、こちらもダメ。落ちてしまう。

rsyncはリスト処理をメモリ上で行なっているので、ファイル数が多くなるとメモリが逼迫するという話は聞いていた。この共有ディレクトリの場合、pdumpfsの保存先としても使っていたのが悪かったかもしれない。ディレクトリ以下のリンクを毎日追加するため、見かけ上のファイル数が増えるからだ。

Subversionを使うようになってpdumpfsは利用機会がなくなったので、ディレクトリごと消してしまっても構わない。いったん消してから再挑戦しようと考えrm -rfすると、途中で「読み込み専用のファイルシステム」云々というメッセージが出始め、ついにはフリーズしてしまった。再起動するも、fsckで引っかかりSingle Userモードに落ちてしまう。控えがない状態での原本のトラブルに、かなり焦る。

ライブCDのおかげで復旧作業は楽になった。今回もKnoppixを使って起動し、手動でfsckして何とか難を逃れることができた。その後、rm -rfも正常に実行され、ディスク容量が15GBほど減少するのを確認。そこで/dev/sdaに対してrsyncをかけてみると、無事通るようになった。胸をなで下ろす。

作業のあいだに、rsync以外のバックアップ方法も検討してみる。ちょっと試してみたのはunisonで、こちらは差分情報をファイルに書き出すので、rsyncにくらべてメモリに優しいかもしれない。あとは大物としてBaculaがあるのだが、牛刀を以て鶏を割く感がなきにしもあらず。結局、rsync 3.0 pre7あたりで落ち着くことになるかもしれない。

ハードウェアにまつわる障害といえば、液晶ディスプレイのインバーター故障が2カ所でほぼ同時期に起こった。もっとも、インバーターの故障と原因が推定できたのは足を運んで見てまわってからで、状況を聞いたときには別の問題かと思った。(たしかに、画面がつかなければPCが起動していないように一般利用者が思うのは無理もない。漫画家のサトウサンペイの本に、そのような記述があったような気がする。)

液晶ディスプレイのバックライトには、ふつう冷陰極管が使用されている。細い蛍光灯のようなものだが、画面がつかなくなる原因が冷陰極管の寿命である頻度は、そう高くはない。(私自身は一度だけ経験している。)インバーターの故障のほうが、頻度としてはずっと多い。ノートパソコンの場合には、これにフレキケーブルの断線という線も出てくる。

おもしろいと思ったのは、室温が高くなると画面が点きやすくなることだ。朝はつかなかったのが昼からは使えたりして、蛍光灯と同じだなあと妙に感心した。問題のディスプレイはデルの安物15型XGA液晶で直すほどの価値もなく、19型のWXGA+(1440x900)装置を2台購入する。

そんなわけで、この正月は1日から出ずっぱりだったが、ようやく一段落ついた。

Tags: Linux PC

2008-01-11

Link ビーコン英和辞典(小型版)

中高生というのは背伸びをしたい年頃で、その気持ちは学習英和辞典の選定にも影響を与える。だから、必要以上に収録語数の多いものに手を伸ばすのも無理はない。かくいう私も高校時分、『ライトハウス』(研究社)で十分なのに『カレッジライトハウス』を使っていた。

紙の辞書が収録語数に精を出しても、あまりよいことはない。(1)目的の語を探すのに時間がかかるようになり、(2)一語一語の解説が薄くなり、(3)本は重たく厚くなってしまう。電子辞書の普及が著しい今、紙の辞書に求められているのは語数ではないのだ。

では何を求めるか。それは人によって幅があるだろうが、中高生が引く学習英和辞典で重要なのは、「さくさく引けて、すらすら読める」ことだと思う。また、「小さく軽い」ことも重要だ。そうでなければ、たくさんの教科書やノートと一緒に持ち運べない。

ビーコン英和辞典 第2版 このあいだ蔦屋書店で偶然見つけ、つい買ってしまった学習英和辞典がある。『ビーコン英和辞典』(小型版;第2版、三省堂、2008年)というもので、これはお値打ち品である。

まず、その大きさを高く評価したい。高さは新書と同じで、深さは新書よりもやや深い。だいたいB6判よりも一回り小さい寸法である。手に持ってみれば、これがどれだけ便利かわかる。寝る前にふと手にとって、ページをめくって読むことができるのだ。

小さいからといって、文字が小さくて読みづらいということはない。見出し語を5万弱に絞ったおかげだ。とはいえ、その数はOxford Wordpowerよりも大きいわけで、中高生には十分な量である。

連語や縁語を載せるのは、最近の学習辞典の潮流だろう。入試問題を載せたりクイズが挟み込まれていたりするのは試みとして面白いし、高校生にアピールするかもしれない。個人的には、黙字を網で印刷するアイデアが目を引いた。また、CD-ROMを付属させなかった点も評価したい。

ライバルを挙げれば、『フェイバリット』(東京書籍)あたりだろうか。この辞典が学校採択を勝ち取れるかどうかだが、高校の教員は概して頭が固いので、発音のカタカナ表記を発音記号とともに併記したことに難色を示すかもしれない。

巻頭カラーでも米国の高校生活を特集しているように、この辞典は徹底して高校生向けに仕立てられている。だが、対象を中高一貫校の中学生にまで広げたほうがよいのではないか。中学生用の英和辞典としては『ジュニアアンカー』などがあるが、それらよりは長く使える辞書だし、さすがに中学生の使用まで考慮に入れるとカタカナ表記も許されるだろう。(実際には、カタカナ表記は高校生相手でも有効でありうる。問題は教員の受け止め方だ。)

語形変化は複数形も含め単語全体で表記しているが、用いられているフォントが幾何学的なゴシック体なので、少し場所を取りすぎている。これは改善の余地がある。しかし、よい辞典であるのは間違いない。

Tags: 言語

2008-01-17

Link 構築ツールの下克上

企業や団体のウェブサイトを構築するのに適したツールは何かということは、1年ほど前から断続的に考えてきた。XOOPS CubeJoomla!といったCMSは会員サイトを作るのには適しているが、一般人が利用するには敷居が高すぎる。職場のウェブサイトは、5月連休時に10日間ほどで作ったSmartyベースのフレームワーク上に構築されている。おかげで、相応の技能がなければ維持できない代物になってしまった。その反省に立って、素人でも保守できるような仕組みにしたい。

WikiをベースにCMSに仕立てるという手もある。昨年はその線を第一候補として考えたし、SiteDevのようにPukiWikiから派生したCMSもあるにはある。ただ、Wikiベースのサイトというのは、どうしても見た目に単調になってしまう。それに、まだまだ一般人が利用するには難しいと思う。普通の人間が使える限界の難易度は、Blogあたりではなかろうか。少なくとも、記事の投稿は楽にできるはずだ。

そんなわけで、BlogをCMSとして利用する手立てを今年に入ってから考え始めた。世の中はもちろん私よりも進んでいて、たとえばWordPress界隈では、WordPress Simple CMS ProjectDrikatruu Jellyなど、各種テーマも公開されている。具体的な実装は、CMS的利用のためのプラグインに合わせてCSSを最初から定義している、ということだ。WordPressにはPages機能があるので、一部ページを例外的なレイアウトとすることが容易に行なえる。

Blogの鬼門は表組だが、こちらはGoogle Spreadsheetsで作って公開シートにしてしまう。WordPress日本語版とME版の比較一覧を見て、これでいいではないかと膝を打った。同じく、複雑なレイアウトの書類を出したければGoogle Documentsを使うし、公開スケジュールにはGoogle Calendarを利用する。もちろん地図はGoogle Mapsである。もうGoogle漬けだ。

CMS→Wiki→Blogとダウンサイジングしてきて、ワークステーションからPCへの移行を思い出した。性能の低かったPCが、規模のメリットを生かして性能も向上させていき、徐々にワークステーションの領域を侵食していく。こうした下克上は、計算機の世界では普通に見られることだ。Blogベースの安価なウェブサイトは、今後も増えるだろう。

おまけ。さくらインターネットでは、PHPのバージョンが選択できる(4.4.7 or 5.2.5)ようになっていた。

Tags: web

2008-01-20

Link 順序と表示、入力

17日に書いたような次第で、WordPressを使って作業を開始する。ベースとなるWordPressは、MEではなく2.3.2日本語版である。文字コードはUTF-8。さくらインターネットのDBサーバーはMySQL 4.0系列のため検索に問題があろうが、WP内部の検索機能は利用せずGoogleに頼れば支障はない。

WordPressサイト構築スタイルブック まずは概要を頭に入れるために、『WordPressサイト構築スタイルブック』(毎日コミュニケーションズ、2006年)を京都行きの電車の中で斜め読みした。この本はサイト構築という1点に絞っており、(1)ブログ、(2)ホームページ、(3)ニュース、(4)カタログと4種類に分けてサイト構築を解説した第4章など実践的にできている。また、テンプレートタグを目次にも入れたのは見事だ。

同書は出来がよいので熟読しようと思ったのだが、京都のアバンティでケインズ『一般理論』が岩波文庫から出ているのを偶然見かけ、手に取ったついでに隣にあったアウレーリウス『自省録』も買ってしまい、帰りはそちらを読んでしまった。『一般理論』は、京大の間宮陽介氏による新訳である。話が逸れた。

さて、ブログはふつう日付順に記事を並べるものだが、ウェブサイトを構築するとなると、それでは困る。記事やメニューを任意の順番で並べるためのプラグインとして、次のものを導入した。

最初のは投稿記事を任意の順番にならべるもの、真ん中のはメニューのカテゴリー順を変更するもの、最後のはPageを並び替えるものだ。CMSとして利用するなら、いずれも欠かせない。

次に、記事のうちトップページなどに表示したくないものも出てくる。会社案内などは、たとえ内容を修正してもニュースとして扱うわけにはいかない。そういうわけで、カテゴリー別に表示・非表示を決めたり、あるいは記事の表示件数を変更するためのプラグインを準備する。

前者は場所ごと(記事一覧・ホーム・RSS・RSSコメント・検索)にカテゴリー別の表示・非表示を設定するもの。後者は、記事一覧表示数を場所ごとに変更できるようにするもの。先日記したWSC Project 2.0を使っているとホームでの記事表示設定が効かないが、これは同テーマのhome.phpがget_posts()を使っているためだ。一般的なテーマと同じように書き換えればよい。

それから投稿については、Windows Live Writerを使わせていただくことにした。ブラウザーを使わなくても記事の投稿や編集ができる。画像の挿入もいける。Microsoft Virtual Earthで地図表示できる。インストール後、サイトのURLを知らせるだけでWordPressだと判定して自動的に設定してくれるので、たいへん楽だ。

Tags: web

2008-01-24

Link 夢の外へ

夢を見ている夢を見た。ラーメンの麺を作っている夢を見ていて、ああ夢だったのかと目が覚めたのち、珍しい夢を見たと周囲に語っていたのだが、それもまた夢だった。憶えているかぎりでは、人生で2度目の経験になる。

学歴社会の法則 荒井一博『学歴社会の法則』(光文社新書、2007年)を読む。基本的には、『教育の経済学』を大衆化したものだ。学歴が所得格差を生む理由として経済学的に説明可能な理論は2つあって、ひとつは人的資本理論、いまひとつはシグナリング理論である。この2つの理論を同書は当然ながら扱っているが、それだけでなく、学校選択制や教育バウチャー制を扱った第4章、学級規模と学力の関係を扱った第7章など、新しい話題を応用問題として取り入れている。

新しい発見もあった。子供の学歴を決める要因として強いのは父母のうち母親の学歴であることは、同書の中で「ごく一部の経済学者や社会学者以外で、研究成果を知っている人はほとんどいない」(p.84)ということだが、教育学ではわりと常識的な話であると思う。しかし、経済発展に伴って父親の影響が「相対的に」大きくなる(女性の社会進出が増大し母親の影響が小さくなるから)という指摘は初見である。先進国の中では、米国がこの状態に達しているという(p.88)。

政策提言となると、ちょっとナイーブであるように思える。法学や教育学・心理学・生物学の視点が欠けているためであろうか。たとえば大学入試を全科目必修にするのは幅広い分野での体系的思考を身につけて社会の指導者・管理者としての素養を磨くことが主目的(p.228)だそうだが、40%を超える大学進学率を考えれば、無謀な試みである。また20兆円の自動翻訳機構想(p.256)には笑ってしまった。言語が文化や慣習と結びついていると正しく認識(p.141)しているなら、それが不可能なことは想像できそうなものだが……。

妙なことに、同書では個人レベルの学習法が「実践編」として付いていて、科目によって出来・不出来が大きく異なる。

数学はダメ。難問や奇問を排除せよと繰り返し書いている一方で、「1時間ほど考えれば解答が得られそうな問題」を推奨している(p.233)。しかし、中高生が1時間ほど考える必要のある問題というのは、ほぼ確実に難問ではなかろうか。道具・体系・応用の3分類は目新しかったのだが、「微積分概念の習得」を「道具」に入れているあたりで素人だとわかる。中高生の段階で積分概念(平均の定式化)を習得することは、おそらくない。彼らは微積分を第二の算数として使えるよう、その運用を学んでいるのだ。動機づけが大事と言って数学史の利用などを推奨しているが、それはうまくいかない方法だ。

ところが、打って変わって英語となると、認識はひじょうに深く、提言も具体的になる。中1の段階で発音記号の指導をしろだなんて、いやその通りと思うけれども、そんな言葉が経済学者の口から出てくるとは予想もしなかった。驚いてWikipediaで経歴を見てみたら、学部は東京外大の英米科だと知り、納得する。

そういうわけで、数章をつまみ食いするのがオススメ。どうも記述が分散していて「体系的」ではないのだが、そのわりに索引もないので使い勝手は悪い。

Tags:

2008-01-26

Link ホテルに持っていくもの

今度のホテルは池袋のアークホテル東京だ。ルートインの系列らしい。東口を出てサンシャインのほうに歩き、東急ハンズのそばを抜けて5号線の信号を渡り、リブロの角を左に曲がる。書店とコンビニエンスストアが近いのは便利なので、今後も利用するかもしれない。なお、東京・池袋間はJR山手線(24分)よりも丸ノ内線(17分)のほうが早い。

ビジネスホテルには慣れてきたので、備品として何が用意されていて、何が用意されていないかを理解しつつある。たとえば私は風呂上がりに綿棒がほしいのだが、浴室に綿棒を備えたビジネスホテルには出会ったためしがない。ところが八ツ三館のような旅館だと置いてある。ホテルと旅館との差なのか、それとも価格の差なのか。ともかく、綿棒は必ず持参することにしている。

最近は、もう1つ連れて行くものが増えた。プラネックスのGW-MF54G2という、マッチ箱よりも一回り大きな無線LANルーターである。最近はビジネスホテルでもネット環境が整備されたところが増えてきて、先のホテルでも部屋にLANケーブルが延びていた。しかし有線LANなので、現在使用しているノキアN800では使えない。そこでこの装置――トラベルルータと呼ばれる――をあいだに挟む。ベッドで寝そべりつつネット接続できるので、なかなか便利だ。

ただしN800の無線LAN接続機能については、若干怪しい部分もあった。代々木の事務所は1階で、部屋の中に届く無線LANの電波が11b/gで10種類近くになる。一種の電波障害に似た状態になるのだろうか、部屋の中にあるアクセスポイントをN800は見つけられなかった。トラベルルータだけでなく、WZR-AMPG300NHもダメだった。

N800を使っていると、スタイラスで文字入力するのが鬱陶しくてならない。キーボードは偉大だ。工人舎のSA5SX04Aは、キーボードの質如何では購入してもよいかもしれない。Eee PCは秋葉原で見てきたが、画面横幅800ドットでは心許ない。

Tags: PC

2008-01-27

Link シャドーイング教材

大学生のころ、自分が講義をどのていど理解しているかどうかを知るために、黒板に書かれている内容を1回見ただけでノートにどこまで書けるか確かめていたことがある。よく理解している内容なら、頭の中で自動的に補完がはたらいて、記憶の断片をつなぎ合わせることができる。だから一気にノートに書き下せる。いっぽう、理解できていない内容だとノート取りが複製作業になってしまい、何度も黒板の文字を見て確かめなくてはならない。

上の実験をしていたのは統計学や経済学の講義だったが、外国語でも似たようなことが言えるように思う。よく理解できる英文なら段落単位で憶えることができるだろうが、難しい英文では1文を憶えるのもままならない。

シャドーイングと音読の科学 ところで門田修平『シャドーイングと音読の科学』(コスモピア、2007年)という本がある。書名にある「シャドーイング」とは、聴いた音声の数秒あとを尾行するように発声する訓練である。同時通訳の前段階にあたる練習なのだが、リスニング能力の向上に役立つとのことで外国語学習者のあいだに広まりつつある。同書は認知科学の成果を踏まえ、シャドーイングや音読の効果を理論的に説明したのち、実証研究まで紹介したものだ。

読書前には、シャドーイングをディクテーションの軽負荷版だと考えていた。聴いた音声を紙に書き下すディクテーションは米国の子供も行なう英語の訓練だが、かなり大変である。私の場合、30秒間で苦しく、1分間ではへたばってしまう。これに対してシャドーイングは綴りを考えなくてよいだけ楽だろうと思ったのだが、同書を読むかぎり、シャドーイングとディクテーションとは深い部分で異なる訓練のようである。

まず、聴き取りの過程を「知覚」と「理解」とに分ける。ここでの知覚というのは、聴神経を伝わって脳に入ってきた「音」を操作可能な「声」に変換することをいう。いまひとつの「理解」は、語彙処理・統語処理・意味処理・文脈処理・スキーマ処理を総合的に実行することをいう。

シャドーイングの主な効果は、いま述べた聴き取りの2つの過程のうち「知覚」にかかる認知的負荷をゼロ近くにまで下げることにある。これを「自動化」といって、母語であれば誰でもできている。シャドーイングは、音声知覚の自動化を目的とする訓練である。

知覚にかかる負荷が小さくなれば、そのぶんだけ「理解」のほうに脳の活動を回すことができる。シャドーイングで聴き取り能力が向上するのは、副次的な作用なのだ。語彙処理や統語処理の能力が向上するわけではない。むしろ、そうした高度な処理をするだけの余裕をもたらすための訓練だと考えたほうがよい。

算数にたとえれば、九九を暗算するようなものだ。かけ算の桁数が増えても筆算で楽に計算していけるのは、複数桁のかけ算操作を細かく分解した場合の基本的な部品である九九を、ほとんど計算しているという意識なしに脳内で実行できるからだ。九九を憶えていなければ、3桁のかけ算など実行困難な作業であるに違いない。

知覚だけの訓練だから、シャドーイングでは文章内容を理解している必要はない。聴いた音を「その言語の音声」として知覚し発声するだけである。ここにも私の誤解があった。

理解を伴わないことには利点もある。単語を理解していると、頭に残っている音声に引きずられてしまうことがあるのだ。聴いたままを発声することで、日本語的な発音をunlearnするというオマケが付いてくる。

シャドーイング教材に何を使うか考えてみた。BBC Newsは、残念ながら私の能力では口がついてゆけない。わりといけそうなのは、VOA Special Englishだ。当分のあいだ、これでお稽古しようと思う。

ひとつだけ注意しておくと、シャドーイングはリピーティングではないので、音声を途中で止めてはいけない。途中で音を止めると、そこには理解のプロセスが入ってしまう。壊れたスピーカーのように、ただ聴いたままを追いかけて口にする。

Tags: 言語

2008-01-28

Link 比較構文

泊まりがけで出かけると、本を読む機会が増える。列車で移動しているあいだは睡眠or読書の二択だし、ホテルの部屋で起きているときにもネットor読書の二択になる。この日記が頻繁に更新されているのは、ここ数日で本が読めたおかげだ。それで思い出したが、大井町のブックオフは品揃えが充実していた。

ここがおかしい日本人の英文法III ミントン『ここがおかしい日本人の英文法』(研究社)シリーズはI、IIがブックオフにあって購入したのだが、IIIはなかった。そこでIIIをアマゾンで買って読んでみたところ、なかなかおもしろい。全21章のうち12章を比較に、4章を関係詞に、3章を話法に割いている。ほとんど比較構文のための書籍と言ってよい。

比較や否定にまつわる構文は、そこに人間の心理が入り込むために、単純には割り切れない部分がある。これらが混じると有名なno more thanなどの構文となって、英語が苦手な生徒がつまずくことになる。しかし、比較構文を関係演算子を使って無理に単純化するのは、中学校程度なら仕方がないかもしれないが、まともな大人がすることではない。比較構文が使用される「状況」を頭に入れておきたいものだ。

たとえば最上級について、著者は次のように述べている。

英語の最上級構文あるいはその相当表現では、文脈や話し手の態度からそうでないとわからない限り、通常、文字通りの「最上」級表現として解釈されてしまうということです(p.115)。

たとえば英作文で頻出しそうな次の和文

  • 若いときに、読書の習慣を身につけるのは何よりも大切である。

のテキスト模範解答

  • Nothing is more important than getting into the habit of reading in your young days.

に対して、「in your young days」を「when you are young」とすれば単語レベルでは合っているものの、

私の基準では、この英訳は容認不可です。……中略……若いときに人がすべきことの中には、読書よりももっと重要なことがたくさんあります。……中略……例えば、呼吸すること、食事をすること、睡眠をとること、麻薬中毒にならないこと……中略……ある言語において自然で完璧な文であっても、それを逐語的に別の言語へ移し替えると非常に滑稽な文になってしまう(p.114-115)……

原級でも同様のことが言える。これは『表現のための実践ロイヤル英文法』(旺文社)からの引用になるが、マーク・ピーターセンは次のように述べている。My sister is as tall as you.(うちの妹だって君と同じくらい背が高いよ。)という文についての「くらい」を便宜上の訳だと断った上で、

相手の背丈173.3cmに対して「妹」は173.1cmしかない場合であっても日本語では「背が同じくらい」と言うかもしれないが、英語ではas tall asとは言えない。日本語の「同じくらい」という表現で許されるそのわずかな差は、as〜asでは許されない(p.495)。

としている。

ところでミントン(2004)には、原級について興味深いことが書かれている。まず、原級は「肯定文よりも否定文で使われることのほうがはるかに多い」(p.35)という。それは、「A is not as 〜 as B.」が、「A is -er than B」という比較に対する「自然かつ標準的な否定文」(p.71)であるからだ。

私が単に自分の家と父親の家の大きさが同じだと言いたいのであれば、多くの場合、My house is as large as my father's.ではなく、次のように言うはずです。

  • My house and my father's house are the same size.
  • My house is the same size as my father's.(pp.35-36)

では、原級の肯定文はどういう状況で使うのか。

A is as 〜 as B.は、AとBがまったく同等だと言っているのではなく、Aを過小評価してはいけないと言っているのです。Bと同じくらい「高い」「難しい」「賢い」という言い方でそのことを強調しているのがこのパターンなのです。(pp.36-37)

A is as good as B.の主な機能はAとBが同等だという点を強調することではなく、すでにgoodだとわかっているBと較べることで、Aがいかにgoodであるかを強調することです。そして、これもすでに指摘したことですが、このパターンと反対の機能(意味)を表すパターン、すなわち、すでにgoodでないとわかっているBと較べることで、Aがいかにgoodでないかを強調するパターンが、A is no better than Bなのです(A is not as good as Bではありません)(pp.71-72)。

いま確かめてみたが、『基礎からの新総合英語』にしろ『ロイヤル英文法』にしろ、A is as tall as B.という文は、Bが明らかに長身でないかぎり長身であることを意味しない、とある。一見すると上の記述と衝突しそうだが、そうではない。「AだってBに負けていない」という心理的な強調がポイントなのだ。一連の記述を読んで、as 〜 asの最初のasが元もとalsoである理屈に納得がいった。

ところで、「A is -er than B.」の「標準的な否定文」が「A is not as 〜 as B.」であることは上で見た。では、「A is not -er than B.」は、どのような点で非標準なのだろうか。

A is not -er/more 〜 than B.は、他人の発言に反論する場合にのみ用いられる、かなり使用頻度の低いパターンです(p.72)。

ということだそうだ。

こんな感じで、比較構文を構造的ではなく機能的に対比している点がミントン(2004)を目新しく感じさせる要因だろう。著者の記述は漫然としたところがあって話が飛びやすいのだが、索引もあることだし「使える」書籍だと思う。

Tags: 言語

2008-01-29

Link あるルポルタージュ

ホテルのすぐ近くにリブロがあって、ホテルに戻る際には思わず立ち寄ってしまう。そこで購入した本のうちで最も印象深かったのは、林壮一『アメリカ下層教育現場』(光文社新書、2008年)である。

アメリカ下層教育現場 著者はアメリカ在住のライターだが、ほんの偶然にも公立高校の臨時教員として「日本文化」を1学期間教えることになる。高校といっても「チャータースクール」と呼ばれるそれは、設立された名目はともかくとして、通常の高校には進学できない落伍者を救済して高卒資格を与えるための学校らしい。著者が教えるのが「日本文化」であるのも、要するに通常の学科では生徒が付いていけないことを物語っている。

本書の前半では、チャータースクールで教鞭を執った1学期間の体験が綴られている。そこで描かれている生徒は、19人のクラスのうち実の両親と同居している者が1名という実態から推測できるとおり、どうしようもない面々だ。著者は真正面から体当たりでぶつかり、それなりに功を奏するのだが、それでも挫折者は出る。おまけに教員として唯一のマイノリティ(非白人)である著者は、校長から間接的な形で人種差別を受ける。

ここでくどくど内容を説明するよりも、実際に手にとってもらったほうがよさそうだ。ぜひ購入されたい。体験記ということで、『自動車絶望工場』を思い起こさせた。

Tags:


プロフィール

渡辺 慎太郎(na@10days.org)

分野別表示

Admin | Client | Dev | Excel | Linux | PC | PDA | Web | iPad | web | 家電 | 文具 | | 英語 | 言語 | | 音楽

月別表示

1999|07|
2003|05|06|07|08|09|10|11|12|
2004|01|02|03|04|05|06|07|09|10|11|12|
2005|01|02|03|04|05|06|07|08|09|10|11|12|
2006|01|02|03|04|05|06|07|08|09|10|11|12|
2007|01|02|03|04|05|06|07|08|09|10|11|12|
2008|01|02|03|04|05|06|07|08|09|10|11|12|
2009|01|02|03|04|05|06|07|08|09|10|11|12|
2010|01|02|03|04|05|06|07|08|09|10|11|12|
2011|01|02|03|04|05|06|07|08|09|10|11|12|

最近の記事

雨量情報 dictionary.com Yahoo google Yahoo! 路線情報 東京アメッシュ l-mura l-aka l-momo 目次 r-mura r-aka r-daidai r-kiiro asahi.com nogulabo r-sora r-midori r-midori r-momo