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十日日記


2008-01-28

Link 比較構文

泊まりがけで出かけると、本を読む機会が増える。列車で移動しているあいだは睡眠or読書の二択だし、ホテルの部屋で起きているときにもネットor読書の二択になる。この日記が頻繁に更新されているのは、ここ数日で本が読めたおかげだ。それで思い出したが、大井町のブックオフは品揃えが充実していた。

ここがおかしい日本人の英文法III ミントン『ここがおかしい日本人の英文法』(研究社)シリーズはI、IIがブックオフにあって購入したのだが、IIIはなかった。そこでIIIをアマゾンで買って読んでみたところ、なかなかおもしろい。全21章のうち12章を比較に、4章を関係詞に、3章を話法に割いている。ほとんど比較構文のための書籍と言ってよい。

比較や否定にまつわる構文は、そこに人間の心理が入り込むために、単純には割り切れない部分がある。これらが混じると有名なno more thanなどの構文となって、英語が苦手な生徒がつまずくことになる。しかし、比較構文を関係演算子を使って無理に単純化するのは、中学校程度なら仕方がないかもしれないが、まともな大人がすることではない。比較構文が使用される「状況」を頭に入れておきたいものだ。

たとえば最上級について、著者は次のように述べている。

英語の最上級構文あるいはその相当表現では、文脈や話し手の態度からそうでないとわからない限り、通常、文字通りの「最上」級表現として解釈されてしまうということです(p.115)。

たとえば英作文で頻出しそうな次の和文

  • 若いときに、読書の習慣を身につけるのは何よりも大切である。

のテキスト模範解答

  • Nothing is more important than getting into the habit of reading in your young days.

に対して、「in your young days」を「when you are young」とすれば単語レベルでは合っているものの、

私の基準では、この英訳は容認不可です。……中略……若いときに人がすべきことの中には、読書よりももっと重要なことがたくさんあります。……中略……例えば、呼吸すること、食事をすること、睡眠をとること、麻薬中毒にならないこと……中略……ある言語において自然で完璧な文であっても、それを逐語的に別の言語へ移し替えると非常に滑稽な文になってしまう(p.114-115)……

原級でも同様のことが言える。これは『表現のための実践ロイヤル英文法』(旺文社)からの引用になるが、マーク・ピーターセンは次のように述べている。My sister is as tall as you.(うちの妹だって君と同じくらい背が高いよ。)という文についての「くらい」を便宜上の訳だと断った上で、

相手の背丈173.3cmに対して「妹」は173.1cmしかない場合であっても日本語では「背が同じくらい」と言うかもしれないが、英語ではas tall asとは言えない。日本語の「同じくらい」という表現で許されるそのわずかな差は、as〜asでは許されない(p.495)。

としている。

ところでミントン(2004)には、原級について興味深いことが書かれている。まず、原級は「肯定文よりも否定文で使われることのほうがはるかに多い」(p.35)という。それは、「A is not as 〜 as B.」が、「A is -er than B」という比較に対する「自然かつ標準的な否定文」(p.71)であるからだ。

私が単に自分の家と父親の家の大きさが同じだと言いたいのであれば、多くの場合、My house is as large as my father's.ではなく、次のように言うはずです。

  • My house and my father's house are the same size.
  • My house is the same size as my father's.(pp.35-36)

では、原級の肯定文はどういう状況で使うのか。

A is as 〜 as B.は、AとBがまったく同等だと言っているのではなく、Aを過小評価してはいけないと言っているのです。Bと同じくらい「高い」「難しい」「賢い」という言い方でそのことを強調しているのがこのパターンなのです。(pp.36-37)

A is as good as B.の主な機能はAとBが同等だという点を強調することではなく、すでにgoodだとわかっているBと較べることで、Aがいかにgoodであるかを強調することです。そして、これもすでに指摘したことですが、このパターンと反対の機能(意味)を表すパターン、すなわち、すでにgoodでないとわかっているBと較べることで、Aがいかにgoodでないかを強調するパターンが、A is no better than Bなのです(A is not as good as Bではありません)(pp.71-72)。

いま確かめてみたが、『基礎からの新総合英語』にしろ『ロイヤル英文法』にしろ、A is as tall as B.という文は、Bが明らかに長身でないかぎり長身であることを意味しない、とある。一見すると上の記述と衝突しそうだが、そうではない。「AだってBに負けていない」という心理的な強調がポイントなのだ。一連の記述を読んで、as 〜 asの最初のasが元もとalsoである理屈に納得がいった。

ところで、「A is -er than B.」の「標準的な否定文」が「A is not as 〜 as B.」であることは上で見た。では、「A is not -er than B.」は、どのような点で非標準なのだろうか。

A is not -er/more 〜 than B.は、他人の発言に反論する場合にのみ用いられる、かなり使用頻度の低いパターンです(p.72)。

ということだそうだ。

こんな感じで、比較構文を構造的ではなく機能的に対比している点がミントン(2004)を目新しく感じさせる要因だろう。著者の記述は漫然としたところがあって話が飛びやすいのだが、索引もあることだし「使える」書籍だと思う。

Tags: 言語
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