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十日日記


2008-05-30

Link 本当は過酷な絶対評価

待ち合わせの時間つぶしに本屋に寄ったら、苅谷剛彦+増田ユリヤ『欲ばり過ぎるニッポンの教育』(講談社現代新書、2006年)が目に止まったので、買ってみる。

欲ばり過ぎるニッポンの教育 わが国の教育論議は、安倍元首相に典型的に見られたように理念が先走った空論であることが少なくない。実装に際して必ず発生するトレードオフや機会費用が見落とされていることが致命的で、議論以前だと思って見つめていた。苅谷先生は「いまや、教育を語る際に、経済の言葉が大手を振っている」(p.89)と言うのだが、そうなってしまった責任の一端は教育学者にもありはしないか。

仮にノートパソコンがほしいと思って必要条件をリストアップしたとき、画面の大きさは15インチ以上で本体寸法はB5版以下、という欲求が両立不可能なことは明らかだ。本体よりも大きな画面は搭載できない。パソコンにかぎらず、車にしろ家にしろ、なんらかの財を取得するときには諸条件を吟味しつつ、予算と相談しながら選択を行なう。

ところが教育サービスは目に見えないためか、たとえば「小学校に英語教育を導入したい」という欲求はマスコミなどで伝えられても、そのために必要な負担は語られない。英語関連予算のために税金が5000円上がってもいいとか、英語を新設するかわりに国語の時間を減らしてもかまわないとか、そうした話は出てこない。教育にかけられる時間や予算に制約がある以上、本来は避けては通れないはずなのだ。

トレードオフを顧みない欲求のため、教育サービスはどんどん膨れ上がってしまう。これを苅谷はポジティブリスト(p.45)と呼んでいる。ときどき習い事で1週間がつぶれてしまっている子供を見かけることがあるが、それと同じことが公教育でも起きる。なんだか、昼時の健康情報テレビ番組で「ガンを防ぐには○○がいい」「認知症予防に△△」「高血圧に××」……などと紹介される食品を食べすぎて肥満になる様を想像してしまう。

驚いたことに、いま首都圏において、インターナショナルスクールで英語を学ばせる家庭よりもさらに「先進的」な家庭は、子供を華僑系の学校に通わせるのだそうだ。そうすると、英語だけでなく中国語も学べて将来さらに有利になる。おまけに華僑系なので、かなりみっちりと勉強をさせられる。2年前からは選抜試験が行なわれるようになるほど人気なのだという。

さて、苅谷先生自身は10年以上前から現実に基づいた議論をしているので、『大衆教育社会のゆくえ』(中公新書、1995年)のあたりから著書を読ませていただいていた。今回の本は対談なので内容量は多くないのだが、それでも考えさせられるところはあった。

たとえば、60年代の日本社会は青少年の諸問題を学校に転嫁することを選択した、という主張。戦前では複線だった教育制度を単線化し、50年代に60%だった高校進学率を97%にまで高めた結果、学びたくない人まで学ばせる制度ができた。これにはデメリットもあるが、青少年の問題を警察が直接扱う前に学校が非行の段階でとどめることによって社会参入を容易にし、20代での犯罪率を低くすることに成功している。「僕らは日本の教育が悪い悪いというけれど、その分、社会の問題を少なくしている」(p.106)というのだ。これにはなるほどと思った。社会問題を学校に転嫁する方向は、その後も取られつづけてきたのかもしれない。大学院重点化、ロースクール、薬学部6年制などなど。

もうひとつは、中学校での通知表が相対評価から絶対評価へと変わったわけだが、実際には個別評価にすぎないという点(p.183)。本当の意味での絶対評価には厳格な基準が先にあるので、相対評価より過酷なものだ。ところが我が国では絶対的な基準がない。これは学力差の顕在化を忌避する国民性から考えれば納得がいく。

たとえば中学卒業段階の学力基準を決めて認定試験を行なう欧州では、不合格者に対して「あなたには高校に進学する能力はない」と宣告するかたちになる。これは絶対的な基準に基づくものだ。しかし高校進学率97%の日本では、そういうかたちの宣告はなされない。底辺高と呼ばれる高校では中学校の復習みたいな授業が行なわれるわけだが、建前では高校の授業ということになっている。わが国の社会はそういった「やさしさ」を選択したのだが、それにはコストがかかっていることは、あまり意識されていない。

本書は書名だけでなく内容も「欲ばり過ぎ」なのか、話題がぽんぽん飛んでいくのだが、対談なので構わないだろう。フィンランドやスウェーデンでの実情も語られているので、手に取ってみるのも悪くないと思う。

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