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十日日記


2009-04-23

Link 感情と合理性

経済は感情で動く マッテオ・モッテルリーニ『経済は感情で動く』(紀伊國屋書店、2008年、原版2006年)を読んだ。副題には「はじめての行動経済学」とある。人びとは、標準的な経済学が仮定するようには合理的には振る舞わない。その事例をたくさん集めた本である。

たとえば誘因効果と妨害効果(p.36)。被験者が何かもらえるとき、AとBを提示すると選択に差がない場合でも、Aに似たaを加えてA・B・aからの選択にするとBが選ばれやすくなる。これは、類似性から無縁なBに関心が集まったものだ。

アンカリング効果(p.66)の事例も興味深い。米国で小児科医を対象に児童を診察させ扁桃腺除去手術が必要か尋ねてみると、約45%の児童に対して除去すべきとの診断が下る。ここからが面白いのだが、先の残りの約55%の児童を別の小児科医に診せると、やはり約45%の児童が扁桃腺除去の必要ありと言われる。さらにその残りの児童を他の小児科医に診せても、同じことになる。扁桃腺除去が必要な児童の割合がすでに医師の頭にあるため、診断がその数字に影響されてしまうのだ。

医師が出てくる例としては、フレーミング効果(p.102)もおもしろかった。内容は同じなのに言葉尻が異なる(生存者を述べるか死亡者を述べるか)2つの治療方針から医師に選ばせる実験で、結果に差が出るのだ。(死亡者数を出す場合には、それが少ないほうが好まれる。)統計学者の宮川公男先生が、医師の治療方針に納得せず自ら仮説検定した話を思い起こさせる。

プロスペクト理論(p.130)による価値関数の表現もためになった。同理論では、効用水準=価値関数×確率加重関数となる。価値関数は絶対的な水準ではなく、評価基準点となる参照点からの変化に依存する。また、確率加重関数は確率に主観的な重みを加える。たとえば人は確率0や1のような「確実な」事柄に極端な反応を示すらしい。

プロスペクト理論による効用右にp.130の図を引用した。このグラフからわかることには、次のようなものがある。(1)人は利益よりも損失から多大な影響を受けること。(2)利益も損失も額が大きくなるにつれて反応が鈍くなること。(3)ただし損失は変曲点が2カ所あり、途中までは危険追求型になること。(負けが込んできたら一発勝負などリスクの高い賭けに出やすい。)

おまけに追加するなら、たとえば痛みなどが印象に残るのは、それが最も大きいときと終わるときとの水準とでほぼ決まるというピーク・エンドの理論も実生活に応用できそうだ。

さて、個人的にいちばん感慨を持ったのは、感情によってこそ合理的判断を学習することができるというくだりである。脳に障害を受けて感情反応が弱くなった患者は、ゲームで危険追求型の手を出しつづけてしまう。健常者は、ゲームに負けるという嫌な感情から危険を避ける手を出すようになるのだ。

正しい決定を、それを心に刻む感情が結び付いていなければ、忘れ去られてしまい、過去の経験や知識を基礎にして活動することができない。感情やそれに関連する身体細胞の活動は、だから、有効な記憶と将来のシナリオに直結する力を保つための増幅装置として、決定のプロセスに不可欠な役目を果たしているのである(p.271)。

また、少し前に触れた小野(2007)で、貨幣の流動性選好から有効需要不足が導ける話を書いた。この貨幣への選好という仮説を支持する内容の記述がある。

お金の価値はそれで買えるものによって決まる、と通常考えられている。つまり、お金で手に入れたものを持つ喜びの程度によるというわけだ。しかし神経生理学から見たらそうではない。それどころかお金は、それ自体が喜びになるのだ。実際、お金が線条体の下部皮質を活発にする「喜びのドーパミン系回路」は、食べ物やドラッグ(それもとくにコカイン)による興奮の場合と変わらず、その場でじかに満足感を与える種類のものである(p.288)。

大脳は固定されたハードウェアだから、ファームウェアアップデートを期待することはできない。大脳が犯すミスから自由にはなれないのだ。しかし幸いにも誤りには人類共通の傾向があるのだから、せめて自覚的になれるよう努力することが必要だろう。

なお、ところどころ翻訳に間違いがあるので注意。債券を債権と書くくらいはいいのだが、p.152の問36のような誤訳は困る。「死亡率を2/3に減らせる」ではなく、「死亡率を2/3減らせる」でないとその後の文章と合わない。

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